子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

3月15日(水)クラス会で考えること

3月15日(水)クラス会で考えること

クラス会をふり返って

 卒業アルバムを開いて、子どもたちの顔を確認してみた。全員で、29人のクラスであった。男子19人女子10人のクラスであった。今回は、男子7人、女子2人の9人の参加であった。幹事をしてくれた遠藤昭城さんの話によると、行方が分からない人は、ほとんどなかったようだが、岡田さんのように台湾で暮らしている人もいて驚いた。当初女子は、6人の参加希望者がいたが、仕事などがぶつかり、結局4人の人は、来られなかったようだ。いつもこういう会をやると、色々な事情で、来なくなってしまう人がいる。20代の時は、来られる人は、結構集まってくる。しかし、30代過ぎると、来ていた人でも来なくなることが良くある。特に女子の方にそういう傾向がある。1つは、子育てで、来られない。結婚しても、子どものできない人で、来なくなる人がいる。今回は、結婚しても子どものいない人ばかりであったので、そのようなことが話題にならずにすんだ。しかし、クラス会のたんびに、子どものいない人にとっては、そのような話題がしんどくなることがあるので、お互いに配慮した方がよいと言うようなことを、昔クラス会で話したことがある。こういう会に顔を出せない人が気になっている。もちろん仕事の関係などで来られないならそれは、それでいいのだが、来たくても来られない人が必ずいる。幹事をやっていると、そういう人のことが、大変気になってくるのである。

自分の体験から

 私も自分自身の高校時代のクラス会の幹事を引き受けたことがある。2年前のことである。1クラス50人のクラスで、男子40人の女子10人のクラスであった。せっかくやるのだからと、今まで1度も参加しなかった人や、前は来ていたが最近は参加しなくなった人にも声をかけた。その結果、30人くらいの人が参加してくれた70才になっていたので、すでに亡くなっている人が、5人ほどいた。あと、行方不明者が、3人くらいいた。それでも、よく集まったなあと、みんなに驚かれた。担任の先生が、80才の傘寿のお祝いを兼ねての会であったので、みんなが集まってくれたのである。その中で、私の親友であった2人の友人が、不参加だった。昔は、クラス会をやると、中心になって、協力してくれた友人だった。会が終わって、しばらくたって、そのうちの1人の友だちのうちに出かけてみた。なぜ、クラス会に出ないのかと尋ねると、彼なりの考えがあった。芸術家で、今は大変忙しく、仕事が楽しくて、そういう所には、あまり顔を出したくないんだという返事であった。もう1人の友だちに、電話をしてみると、クラス会に興味ありませんと言う返事であった。彼は、クラスの中で、最も優秀な人で、生徒会長などをして、大学も結構難しい国立大学の合格していた。学生時代は、学生運動に熱中し、それなりに充実して日々を過ごしていた。卒業してからは、小さな出版社を立ち上げて、退職過ぎまで働いていた。今は、年金生活者である。国民年金なので、1ヶ月10万円前後の収入だろう。そうなると、金のかかることには、敬遠しがちになるのではないかと、勝手に想像している。

次回のクラス会への期待

 今回の子どもたちのクラス会も、一番働き盛りの年令である。しかし、派遣社員やパートなどで、暮らしている子どもたちもいる可能性だってある。正社員が、少なくなっている時代である。そんな子どもたちにとっては、たとえ4000円会費でも、抵抗がある人もいるのかも知れない。次回は、今回以上に1人でも多くの子どもたちの参加を望んでいる。

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