子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

3月20日(月)道をふさぐ松

3月20日(月)道をふさぐ松

立花小六年 面 壮彦

 十月の下旬、ぼくは、学校から羽田君と一緒に帰ることにした。ぼくは、いつもは校庭を横切って帰るのですが、今日は、一号棟方面に帰ることにした。一号棟についたけれど、羽田君は踏切までついてきてくれた。踏切を越え、工事中の角で、羽田君が、
「じゃあね、壮(たけ)。」
と返事をした。丸八通りを進んでいると、中島君の家があった。しかし、いつもとは全然ちがっていた。立派に大きく育った松の木が歩道に倒れていたのだ。ぼくは、
(うわっ、何だこりゃ。)
とおどろいた。その松にかけ寄ってどうなっているのかよく見た。すると、松以外にも二つの植木が倒れていた。それを見てぼくは、
「風が強いから、風に負けて倒れちゃったのかな。」
とつぶやいた。そこに、おばさんが三人通りかかった。おばさん達は、松に目もくれずにすっと通り過ぎた。ぼくは、
(こんなに松が倒れてるのに、無視して行っちゃうなんてひどいなあ。)
と情けなくなった。そして、すぐにぼくは、松の先の方をもって力一杯持ち上げた。しかし、十センチメートル位しか持ち上がらなかった。もう一度挑戦した。けれど、また十センチメートルくらいしか上がらなかった。ぼくは、
(あー、俺は何でこんなに力がないんだろう。)
とがっくりした。ぼくは、
「一人じゃ持ち上がらないし、このままにしといたら松が道を三分の二ふさ いでるし、きずつけられちゃったらやばいし。」
とぶつぶつ言った。ほんのちょっと考えた結果、家の人に言ううのが一番いいと思い、中島君の家のインターホーンのボタンを押した。
「ピンポーン。」
となった。十秒位しても出ないので、もう一度押した。しかし、また返事がなかったので、どうしようと思った。ふと、右を見ると、悠太郎君のおばあちゃんが園芸屋さんをしていることを思いだし、ガラス張りのドアを開けた。
「ガラガラガラ。」
と大きな音をたてて開いた。中には、肥料や赤土や土と色々なものが並べられていた。周りを眺めながら三歩歩き、ガラス張りのドアをたたきながら、
「すみませーん。」
少し小さな声で言った。すると、悠太郎君のおばあちゃんが部屋の中から顔を出した。ぼくは、
「あの、松が風で倒れちゃってるんですよ。」
と教えた。おばあちゃんとぼくはすぐに歩道に出た。おばあちゃんが、
「あらら。」
とおどろいた。おばあちゃんが、
「教えてくれてありがとうね。」
と言い、松の根元の方に行ったので、ぼくは、
「ぼくも手伝います。」
と言った。おばあちゃんが、松の右の植木を元通りにした。おばあちゃんが、次に松の植木鉢を持ったので、ぼくは、松の上の方を針(葉)にささらないように持ち上げた。松の左の植木も元にもどした。ぼくは、
(良かった、直って。)
とほっとしたら、
「ビュウウウー。」
と強い風が吹いた。すると、松がグラッときたので、パッと両手を出して、松をおさえた。おばあちゃんが、そこら辺にあったひもで、植木を固定しようとしたが、ひもがとどかなかった。だからおばあちゃんが、
「ちょっとおさえてね。ひもとってくるから。」
とやさしく言った。ぼくは、
「はい。」
と言い待つことになった。その間に、高校の男女が歩道を通った。ぼくは、その時、一人で立って寒がっているのがはずかしかった。おばあちゃんが、家の中から白いひもをもって出てきた。おばあちゃんが、
「そこ持っててね。」
とぼくに指示した。ぼくは、押さえている手がヒリヒリしてきた。おばあちゃんが、ひもで植木をしっかり固定して、力いっぱい引っぱっていたので、ぼくも右手で手伝った。おばあちゃんが、六十センチメートル位ひもを伸ばして、土から生えている、とてもかんじょうそうな木にくくりつけた。おばあちゃんが、
「ありがとうね。」
と言ったので、ぼくは、
(やっと終わった。良かった。)
とうれしかった。おばあちゃんが、
「お名前は?」
と聞いてきたので、
「ほおつきです。」
と答えた。ぼくは、
「さようなら。」
と言い、家に帰った。その足取りは、とてもかるかった。松が元にもどってほっとした。しかし、あんなになっていた松を無視するなんてひどい。

 この文章の添え書きに、お母さんが次のように書いてくださった。
「壮彦にそんな優しい気持ちが芽生えていたことを知り、本当に嬉しくなりました。これは班日記で五官をみがいたおかげだた思います。」
 この班の子どもたちは、この文を読んだ感想を次のようにまとめている。
大変だったね。(智也)
タケえらい。私だったら、どうしたかなあ・・・。(志織)
悠太郎の家へ行ったのは、勇気がいったね。(酒井)
タケちゃん立派、なかなか出来ないことだよね。(酒井母)

私が書いた赤ペン 

 子どもたちに文章を二年間書かせてきて、こんな文章を読むと思わず嬉しくなってしまう。無関心、無気力な人間が増えている中で、このような「生活のしぶり」の良さをみんなで読み合うことによって、「人間の生き方」をじっくり学びあえる。作文教育は、「人間教育」であると、このごろ強く思うようになってきた。子ども達は、仲間意識をしっかり身につけて、これから中学校へ進んでいく。

もう一人の教師

 この文章を書いた面(ほおつき)君は、この春から、世田谷の中学校の教師になる。この文章を、6年生の最後の方の「班日記」に書いてくれたものである。当時もこの文章を取り上げて、みんなで読み合った記憶がある。私にとっても、思い出に残る作品の1つである。特に国語の教師になられたと言うことですから、」文章を書かせる機会は多くなるだろう。子どもと共に歩む教師になってほしい。

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