７月１日（水）N君のこと
７月１日（水）N君のこと
彼を担任したのは、豊島区池袋第三小学校の最後の2年間だった。大変元気のいいお母さんで、一人っ子のN君を、大切に育てていた。池袋の西口の東方会館があったところの近くで、『横綱』というラーメン屋を開いていた。けっこう繁盛していた。母親は、PTA活動にも熱心であった。当時池三のPTAバレーボールにも熱心に参加していた。私も、7年間そこで、監督をしていた。担任しているときも、何が原因だか知らないが、父親が、夜逃げ同様にして、広島の方に出稼ぎに行ってしまったと言うことを、何となく聞いていた。やがて、ぼくは墨田区に転勤した。N君も、埼玉県の浦和の方に転校していった。繁盛していたお店が、うまくいかなくなってしまったようだ。浦和に越してからも、当時の浦和の家に母親と一緒に遊びに来たり、勉強を教えてほしいというので、夏休みに何日間か見た覚えがある。成績の方は、どちらかというと、飲み込みが遅くて、大変だった。ただ、性格がとてもいい子だったので、何とか少しでもわかりやすく教えた。やがて、ぼくは結婚し、川口の新居にも、親子で遊びに来たりした。しかし、何年か経ち、音信不通になってしまった。時々、その後どうなったかなあと、気になる子であった。
突然の電話
やがて、今から三年ほど前に、突然電話があり、３５年ぶりくらいの電話対面となった。電話の向こうで、お母さんは、しゃくり上げながら泣いていた。よっぽど、厳しいことがあったのだろうという推測が出来た。父親はなくなり、親子２人の生活だと言うことだった。その後のN君は、中学校の成績が芳しくなく、定時制高校に進学したが、そこでもあまり勉強をしなかったので、退学せざろうえなかったようだ。中学卒業の肩書きでは、なかなか思うような所には就職できなかったようだ。そんなもろもろの話をして、近いうちに会いに行く約束をした。浦和の駅からけっこう奥まった小さなアパートの２階に住んでいた。部屋に入るなり、父親の遺影にむかってお線香を上げた。生活も大変だろうと考え、大枚１枚を包んでいった。それから、送られてきたばかりのリンゴと、ブドウなどの果物を持参した。２年ほど前になくなったのだが、お骨がまだ部屋に飾られていた。母親の年を聞いたら、７６才と言うことで、N君も４５才になっていた。今の生活は、母親の年金とN君のわずかの給料では、生活できないので、生活保護を受けているとのことであった。そんな厳しい生活状況の中で、お母さんは、明るく昔の話を思いだすようにしゃべっていた。１時間くらい話し込んで、『また来るよ。』と言って別れた。その後、何回か電話が母親からかかった。話し相手がほしかったことが予想できた。『先生また遊びに来て。』と何度か言われた。
手遅れの入院
その約束も実現しないまま、N君から１本の電話が鳴った。膵臓がんで、今入院しているとのことであった。もう、手遅れで、危ないという電話であった。次の日すぐ病院に駆けつけた。もう意識は、ほとんどなく、時々目を開けていたが、私の姿を確認できたかどうかは、わからない。その晩は、２時間くらいそこにいたが、血圧も安定してきたので、２人で帰ることにした。次の日、お昼過ぎに連絡があり、なくなったということであった。「お葬式があるので、先生きてほしい。」という電話であった。「来る人は、６~７人です。」とあらかじめ聞いていた。生活保護の家庭には、本当に簡略な形で、葬式が執り行われた。すぐに焼かれた。出てきたお骨を、参加者で、骨壺に入れた。喪主であるN君が、ひとことあいさつをと促されて、「今日は、どうもありがとうございました。」と、ひとことがあった。事前に持参した「霊前袋」は、どこで渡そうかと考えていた。私が、彼の手に差し出すと、他の方もみんな持参した霊前袋を差し出した。それで、終わりだった。１人でやっているのだから、無理もない。
次の日、彼から電話があり、役所などに死亡届など出しに行くので、一緒にお願いしますと、事前に言われていた。一段落したところで、昼食取ることにした。「人数は少なかったけど、遠くから来てくれた人もいるし、何かきみの気持ちを手紙にした方が良い。」といって、食事をしながら、彼とお母さんとのことを聞き書きした。それを、お手紙にして、簡単な気持を添えて、送ることに決めた。話をしながら、着ている洋服も、２まいきりないというので、近くの店に車で行き、半袖シャツ３枚と貴重品などを入れる、ウエストポーチを買ってあげた。
その日は、午後３時近くまで、もろもろの事務的なことを終えた。
