子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

1月7日(土)新たな年を迎えて

1月7日(土)新たな年を迎えて

 新年を迎えたので、新たな気持で書かなければと考えつつ、ずるずると今日まで何も書かずに来てしまった。今年は酉年で、私の年である。今度の誕生日が来ると、72才になってしまう。6廻り目の年男である。この位の年令になると、新聞の有名人の訃報の欄になる。70代になると、亡くなっている人が結構いる。私などより、かなり若い50代くらいで亡くなっている人もいる。病名が気になるので見ると、若い人は、ガンが結構多い。80以上の年令になると、病名は様々だ。健康には、十分気をつけて日々過ごしたい。90才くらいで亡くなっている人は、風呂場で転ぶとか、階段を踏み外してのケガがもとで、歩けなくなり寝たきりになり、そのまま何ヶ月後に亡くなってしまう人も身近なところでもある。昨年から、1日に5000歩くらいは歩こうと意識して暮らしている。

憲法は、誰が守るのか

 今日は、東京作文協議会の1月例会があった。午前中からあったのであるが、午後からの参加になった。「表現の自由と日本国憲法」という講演会があったから、それにあわせて参加した。日本国憲法は誰が守らなければならないのかということから始まった。
 国民が守のでなく、「天皇・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員が、この憲法を尊重し、擁護する義務がある。」(99条)に詳しく書かれている。つまり、国家権力を制限して国民の権利・自由を守ることが目的なのだ。これを立憲主義という。国民の一人ひとりが、「幸せになりたいという願いを大切にする」ということだ。そのことも、きちんと書かれている。
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」(13条)
 このことをもう一度念を押しているのが、ちゃんと出てくる。
「人権は人間であることにより当然に有するもの(固有性:固より有する)国民に対して信託されたもの」(97条)=人間が生まれながらに有すること。

自民党憲法草案の中味の危険性

 ところが、自民党の自主憲法の中味を見ると、そこは、完全に削除されている。
「個人の尊重」(13条)が、きちんと書かれているが、自民党草案では、「個人」という言葉が消え「人」という言葉にすり替えられている。「人」になると一般的に広がりすぎてしまう。この辺も、しっかり見なければならない。
 最後に、自民党草案には、「すべて国民は、この憲法を尊重しなければならない。」と「立憲主義」を否定している。
 また、戦争法案の強行採決がなされて決まってしまった「安保法案」をさらにやりやすいようなことが至るところに出てくる。
 たとえば「平和のうちに生きる権利」(平和的生存権)が完全に削除されている。その理由として、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して・・・」の部分は、ユートピア的発想による自衛権の放棄に他ならないと言う理由だそうだ。
 戦力不保持・交戦権の否認(9条の2項)を削除。そして、あらたに、国防軍という軍隊を創設している。
「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指 揮官とする国防軍を保持する。」と書かれているのである。完全に憲法9条の否定である。
 本当に酷いことを考えているのが、自民党草案の中味である。そういうことがわからないように、安倍総理は、正直には、話をしない。中味が完全にわかると、都合が悪いからであろう。国民は、もっとこの辺の内容をきちんと把握しておかないと、何だかわからないうちに決められてしまったら、たまったものではない。

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