子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

10月24日(火)小中学校の合同同窓会

10月24日(火)小中学校の合同同窓会

 小中学校の同窓会が開かれた。2年に一度開いている。4クラスだった。全員で、200人の学年だった。最初は、クラス会だけであったが、やがて同窓会に切り替わった。今回は、D組の担当であった。2年前の時には、「幹事は、榎本だよ。」と念を押されていた。既にその時には、透析が始まっていたので、「元気だったらね。」というような返事をしておいた。半年以上前に、その念押しのメールがが、赤津君から届いた。引き受けようという気持もあったが、「透析がはじまり、身体障害者になりました。」と言う返事をした。すると、「わかりました。他の人にあたります。」というメールが届いた。そんなわけで、何のお手伝いもせずに、当日参加になってしまった。少し早めに着いてしまい、4階の場所には、誰もいなかった。別の場所に行き、少し時間を過ごし、30分前に、また会場に行ってみたら、幹事の方が何人か見えて準備をしていた。何の手伝いもせずにごめんなさいというあいさつを交わし、近くの椅子に座って、時間まで待っていた。そのうち、たくさんの人が集まってきた。会場には、1番で入り、壁に貼られた、返信の葉書を眺めていた。従兄弟の猛ちゃんは、欠席になっていた。毎年、ここで再会していたのだが、今回は、それが出来なかった。入り口で配られた名簿を見ると、そこにも、簡単な近況が紹介されていた。プログラムの順に、始まった。最初は、幹事長になる予定だった、浅海君が挨拶にたった。本当は、そのつもりだったが、「脳梗塞で、出来ませんでした。」杖をつきながら、挨拶をしていた。そのあと、2人の訃報の紹介があった。大室君と折原さんが、この2年間のあいだに亡くなられたと言うことだった。1分間の黙祷をして、お二人のご冥福をした。そのあと、司会から「しばし、ご歓談下さい。」という報告があった。周りにあるおつまみをもらいに行き、ビールの乾杯後、くじでひいたテーブルに着いた。私のとなりは、平井君だった。彼は、中学から入学してきた人で、同じクラスにはならなかったが、気さくにおしゃべりし合った。話をしていくうちに、「私のオヤジは、小学校の教師だった。」という話になり、平井先生のことを思い出したので、「たしか小太りの先生じゃなかった。」というと、「そうです。」と言う返事が返ってきた。遠い人は、北海道から参加した人もいた。今回は、近況報告はなかった。毎回やっているが、聞いている人が少ないと言うことで取りやめになった。しかし、今回初参加の人がいた。また、わざわざ、遠くから来た人などには、近況報告もあって良かったかも知れない。

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