子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

8月20日(日)101歳「むのたけじ」なくなる

8月20日(日)101歳「むのたけじ」なくなる

 むのたけじさんの発言には、いつも勇気をもらっていた。日本のマスコミ陣へのあり方にも、ご自分の体験を踏まえて、檄を飛ばされていた。気骨のある朝日新聞の記者が、昔はいたんだと教えられた。戦前の侵略戦争に、新聞記者として、荷担してしまったという反省から、記者を辞めて、ふるさと秋田に帰り、「たいまつ」と言う新聞を立ち上げ、以後地元で地域の新聞を作り続けてきた方である。朝日新聞のネット記事には、次のように書かれていた。
 太平洋戦争が1941年12月に始まりましたね。それからまもなく、私は従軍のために日本を発ち、翌年3月1日にジャワに上陸した。途中で立ち寄った台湾で、日本軍が作った「ジャワ軍政要綱」という一冊の本を見ました。入手方法は秘密ですが、日本がジャワをどのように統治するかというタイムスケジュールが細かく書かれていた。私がいたそれから半年間、ほぼその通りに事態は進んだ。
 「その要綱の奥付に「昭和15年5月印刷」の文字があった。ジャワ上陸より2年近く、太平洋戦争開戦より約1年半も前だったんです。つまり、国民が知らないうちに戦争は準備されていたということです。
 もしもこの事実を開戦前に知って報道したら、国民は大騒ぎをして戦争はしなかったかも知れない。そうなれば何百万人も死なせる悲劇を止めることができた。その代わりに新聞社は潰され、報道関係者は全員、国家に対する反逆者として銃殺されたでしょう。
 国民を守った報道が国家からは大罪人とされる矛盾です。そこをどう捉えればいいのか。それが根本の問題でしょう。高市早苗総務相の「公平な放送」がされない場合は、電波を止めるという発言を聞いてそう思ったのです。公平とは何か。要綱を書くことは偏った報道になるのか。それをだれが決めるのか。
 報道は、国家のためにあるわけではなく、生きている人間のためにあるんです。つまり、国民の知る権利に応え、真実はこうだぞと伝えるわけだ。公平か否かを判断するのは、それを読んだり見たりした国民です。ひどい報道があったら抗議をすればよい。総務大臣が決めることじゃないんだ。そんなのは言論弾圧なんだ。
 報道機関は、自分たちの後ろに国民がいることをもう一度認識することです。戦時中はそのことを忘れておったな。いい新聞を作り、いい放送をすれば国民は応援してくれる。それを忘れて萎縮していた。
 戦争中、憲兵隊などが直接報道機関に来て、目に見えるような圧迫を加えたわけではないんです。報道機関自らが検閲部門を作り、ちょっとした軍部の動きをみて自己規制したんだ。今のニュースキャスター交代騒動を見ていて、私はそんなことを思い出した。報道機関側がここで屈しては国民への裏切りになります。
 「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングが、安倍政権になってから世界61位まで下がった。誠に恥ずかしいことで、憂うべきことです。報道機関の踏ん張りどころです。(聞き手・木瀬公二)」

オリンピックのメダルラッシュが危ない

 日本の活躍に、一喜一憂している毎日だ。しかし、オリンピックが終わってからのこれからが、非常に不安だ。核武装論者でもある、小池が都知事になった。どんな服装で、ブラジルの閉会式に参加するのだろうかと、どうでも良いことを話題にしている。マスコミは、そのような過去の発言をかくし、「緑のカラー」を一緒になって作り、反自民・反都議会自民党のムードを作り、小池を間接的に応援した。安倍は、ブラジルのオリンピックの閉会式に参加するために出発した。NHKを筆頭に、メダル受賞者と一緒になって、今後放映されることが多くなるのであろう。日本記者クラブは、完全に安倍政権の犬になり、意味のない記者会見をやり続けている今、むのさんが亡くなったことは、本当にくやしい。

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