子どもたちの文章表現指導を誰にでも出来る一般化理論の構築・えのさんの綴り方日記

8月21日(月)「むのたけじ」発言その5

8月21日(月)「むのたけじ」発言その5

顔をみて語り合うこと
 5月3日に東京都江東区の東京臨海広域防災公園であった「憲法集会」に呼ばれて行ってきました。主催者は5万人集まったとしていましたが、すごく静かでこっちの言うことをしーんとして聞いている。真剣さが伝わってきましたね。
 私の前に話したのが菅原文子さん。このあいだ亡くなった菅原文太さんの奥さんです。以前、文太さんがやっていたラジオ番組にゲストで呼ばれたの。奥さんは文太さんのマネジャー代わりでしたから、その時以来の再会。「やあ、久しぶり」ってあいさつしてね。そして私の番になった。
 特別難しい話をしても理解されにくいだろうから、これまで言ってきた話をすることにした。「戦争は殺すか殺されるか。相手を殺さなければこちらが殺される」ということ。日本国憲法があったおかげで戦後71年間、日本人は1人も戦死せず、相手も戦死させなかったことを話した。
 時間があったらしようと思っていた話はできなかった。終戦記念日や原爆投下の日の黙祷(もくとう)はやめましょう。その代わりに自分の意見を声を大にして言う日にしましょうという話です。黙っていても何も変わらない。こういう集会こそ大切なんですという話です。人と人が向き合って声を出し合う大切さです。昨年から今年にかけて大学生と接する機会が多かった。そこで感じたことなので特に言っておきたかったんです。
 彼らはみんなスマホやパソコンを使って会話し、情報を得ている。これは提供される情報だものな。他人や知らない団体がつくったものを利用しているだけでしょ。それじゃだめよ。そこにはデマやうわさ話が真実のように入っていることが多いもの。
 情報は自ら耕すものなんだ。それを温め育てる百姓にならないと。指先を動かして受け取るだけ、利用するだけの関係では、生命は生まれてこない。そこを変えないとだめじゃない。
 与えられた情報をうのみにすることも多いから、間違った方向に話が進む。知りたければちゃんと新聞を読んだり書物を調べたりすればいいんだ。
 年寄りの側からすると、伝達手段があまりにも違ってきたので消極的になってきたこともある。会話ができないから、語るべき大事なことを語らず、経験の引き継ぎができなくなっている。その反省はある。
 赤ちゃんを連れた母親が、電車の中で携帯電話をいじっているでしょ。赤ちゃんの顔を見ていないし語りかけていない。母親は、赤ちゃんにとって人生で出会う最初の生き物だ。語りかけてほしいと思っているはずだ。そこから好奇心も知識も生まれてくる。顔をみて語り合うのが何よりも大切なんだと私は思うな。
(聞き手・木瀬公二)2016年6月3日(金)

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